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美川憲一の年齢詐称 レントゲン写真を報道陣に配布で発覚

 美川憲一の年齢詐称が意外なことからバレたという。

 「美川さんは今月5日に新曲発表会見を開きましたが、その際、車いすで登場。2月に左足関節外果(外くるぶし)を骨折して手術を受けていたことも報告しました。会見ではご丁寧に、患部にプレートが入った術後のレントゲン写真を報道陣に配布しましたが、そこに美川さんの本名とともに生年月日が書かれていたんです。プロフィールは1946年5月15日生まれとなっていましたが、そこに書かれていたのは1944年5月15日でした。

 翌日のスポーツ各紙はご本人の希望もあって“71歳”となっていましたが、実際には73歳だったんです。

 ご本人も年齢をゴマかしていたことをすっかり忘れていたのでしょうね(苦笑)。まぁいまさら2歳ぐらいどうでもいいと思いますが、ご本人はイヤだったみたいですね…」(ワイドショー関係者)

 だったら、いっそのこと女優の吉田羊やタレントのシルクのように今後は“年齢非公表”で。(zakzak編集部)

「久保みねヒャダ」4月から地上波放送が復活 ほぼ月1回、60分枠

画像提供:マイナビニュース

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漫画家の久保ミツロウ、コラムニストの能町みね子、音楽プロデューサーのヒャダインによるトークイベント『久保みねヒャダこじらせライブ VOL.6』が31日、東京・フジテレビ湾岸スタジオで行われ、地上波での番組放送が復活することが発表された。

このイベントは、同局系バラエティ番組『久保みねヒャダこじらせナイト』が昨年9月に惜しまれつつ終了してから、月1回ペースで開催されているもので、これまで、イベントのチケットやオリジナルグッズの販売、スポンサー協賛などで継続してきたが、ついに地上波での復活が決定。

不定期番組という形式だが、ほぼ月1回のペースで、毎回60分枠で放送される予定で、初回は4月28日(深夜3:00〜4:15)に75分SPで編成される。ちなみに、以前のレギュラー放送は、週1回で20分の放送だった。

放送内容は、引き続き月1回ペースで開催されるこのイベントの模様と、昼・夜公演の間に収録されるトークで構成。次回のイベントは、4月28日に湾岸スタジオ(4月7日10時にチケット販売開始)で行われ、それ以降は6月上旬、7月上旬を予定している。

会場で、地上波放送復活が発表されると、観客からは大きな歓声と拍手が。ヒャダインは「これも皆さんが通ってくださったおかげです!」、久保は「ありがとうございます!」、能町は「こんなことなかなかないですから。ここまでたどり着いたのがすばらしい!」と、それぞれ喜びを語っていた。

ビートたけし、過去に女性問題で幹子夫人に土下座 高信太郎氏が明かす

ビートたけし71歳の選択…非常識?それとも応援しますか?

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芸人のトップを走り続け、映画界では世界のキタノとなった。そんな男が、人生の終盤で求めたのは「気の置けない愛人と過ごす心の安らぎ」だったのか。突然の独立劇の裏にあるたけしの心情を探った。

愛人の居場所をつくった

「たけちゃんには、たったひとことこう言いたいね。『バカやろう。格好いいじゃねぇか』と」

こう明るく話すのは、浅草にある居酒屋「くじらの店 捕鯨船」の店主・河野通夫さん。ここはビートたけしが駆け出しのころから通う馴染みの店だ。

河野さんも元芸人で、たけしの一つ先輩にあたる。たけしはいまでもたまに店に来ると「これで若いヤツに食わせてやってくれ」と言って30万円を置いていくという。

3月14日、『スポーツニッポン』の一面に芸能界を揺るがせるニュースが掲載された。

「たけし独立?愛人?との会社が新拠点」――。

さんま、タモリとともに「ビッグ3」と呼ばれ、お笑い界を牽引し、世界的な映画監督でもあるビートたけし(北野武)が、3月いっぱいで所属事務所の「オフィス北野」を退社する。しかも独立後は、18歳年下の愛人女性と設立した新会社に所属するという。

河野さんが続ける。

「これはあくまで俺の考えだけど、今回の独立は女のためだと思うよ。たけちゃんも71歳。これから衰えの境地に入っていくわけだ。そこで女のことを思ったんだろう。

男というものは、女の『居場所』をつくってあげないとダメなんだ。ところが、これがいちばん難しい。愛人を持つことはできても、居場所を用意してやれない。

その点、たけちゃんは立派だよ。自分の行動にちゃんと責任を持っているから。女はいっぱいいたと思うけど、誰もトラブルになってないでしょ」

たけしは’83年に、元女性漫才師の北野幹子さん(67歳)と正式に結婚。一男一女をもうけている。以来、本妻の幹子夫人がたけしの不動産や資産を管理してきた。

たけしはオフィス北野以外にも、「北野アツシエーション」や「(有)北野企画」などいくつか会社をもっているが、代表取締役は幹子夫人や息子の篤氏が務めている。

だが古希を過ぎて選択したのは本妻ではなく、愛人と一緒に設立した新会社だった。幹子夫人はどう思っているのか。

かつて「たけしのブレイン」とも呼ばれた漫画家の高信太郎氏が言う。

「幹子さんは、すごく気が強くしっかりした人なので、不動産などすべてを握っている。まだ売れるか売れないかのころ、女性問題が原因で、幹子さんが大阪に帰ってしまい、たけしさんは大阪まで行って土下座して謝ったそうです。ただ、いまとなれば、幹子さんももう完全に割り切っているでしょう」

現在、たけしの年収は10億〜15億円ほどあると言われているが、それを管理しているのも幹子夫人だ。たけしは月に1000万円ほどのお小遣いをもらっているという。

二人が会うのは月に4回だけ。毎週金曜日に会って食事をするのが決まりとなっている。

今後、たけしが所属する新会社の名前は「T.Nゴン」。ゴンとはたけしの愛犬の名前だという。

関係者によると「愛人女性は元舞台女優。3年ほど前にたけしは共同で新会社を設立し、水面下で独立への準備を進めていた」という。

「あとは自分の足で歩け」

実際、新会社の土地の登記を確認すると、もともとは幹子夫人と共同所有していたが、’15年、たけしに所有権がすべて移転されている。これもすべては愛人の居場所づくりのためだったのか。

「愛人に事務所を持たせるなんてあっぱれですよ。普通の人はそんなことできない。他の芸能人ならボロクソに叩かれてもおかしくないのに『たけしならしょうがないか』となってしまう。これも彼の才能だと思います」(漫画家の黒鉄ヒロシ氏)

たけしは、’86年にフライデー襲撃事件を起こしたのち太田プロを退社。’88年にたけしと森昌行社長が二人で立ち上げたのが「オフィス北野」だった。

オフィス北野の森社長は、たけしの独立について「軍団を含め、これまで背負ってきたものをいったん下ろしたい。自分の時間を増やしたい」と、本人から申し出があったことを明かした。

現在、オフィス北野には、ガダルカナル・タカや井手らっきょ、浅草キッド(水道橋博士、玉袋筋太郎)などの「たけし軍団」に加え、俳優の寺島進などが所属している。

今年で設立30周年を迎える節目の年に、事務所の大黒柱がまさかの退社を宣言したことで、今後は社名変更も含め、規模を縮小することも検討せざるを得ないという。

だがここで、はたと疑問に思うことがある。もしたけしが自分の時間を増やしたいなら、事務所に残ったまま、仕事をセーブしていく方法もあったはずだ。それなのに、なぜわざわざ独立する必要があったのだろうか。

「オーナーであるたけしさんが独立っていうのは、少しよく分からない。ただ、勘ぐれば、オフィス北野は役員や関係者がいっぱい関わっているので、それがわずらわしくなってきたのかもしれません。

事務所を維持するために、たけしさんのギャラも相当、引かれていたでしょうから」(前出・高氏)

北野映画のルポルタージュを執筆したこともあるノンフィクション作家の吉岡忍氏は、たけしの心情をこう推測する。

「たけしさんは軍団や弟子の生活のことを常に考えてきた。ただ年齢を考えると、生涯彼らの面倒をみるのは難しい。だから敢えて『後は自分で歩け』と厳しく接することで自立させたかったんだと思います」

たけし軍団のガダルカナル・タカは、今後について「軍団が一緒に行くとなるといままでと一緒じゃないですか。我々は(オフィス北野に)残ります」と明言している。

前出の吉岡氏が続ける。

「愛人の事務所に移るのも彼なりの『終活』だと思います。たけしさんは大胆な性格だと思われがちですが、じつは繊細。周囲に迷惑がかからないように常に考えている。

だが、それもこの年になると『もういい』と思ったのではないでしょうか。愛人の存在をむしろ世間に知らせることで『これからは俺のやりたいようにやるよ』と宣言したのだと思います」

北野映画で何度も共演した盟友・大杉漣さんの死も関係あったのかもしれない。「自分も明日死ぬかもしれない。ならば心が一番安らげる人の近くで好きに生きよう」と。

しがらみを断ち切った

気になるのは、今後の活動だ。テレビなのか、映画なのか、はたまた絵画なのか。

「映画に関しては『オフィス北野』が版権を持っていて、全作で社長である森氏がプロデューサーをしている。映画事業がどうなるか現状は不透明です。もう北野映画を見られないという事態も想定されます」(芸能評論家の三杉武氏)

そもそも、たけしの映画には莫大な製作費がかかっていて、それを事務所が負担していた部分もあるという。

「北野映画は世界でも認められ、一部の熱狂的信者からは絶大な支持を集めていますが、実際どれくらいの収益があるのかは不明。

製作費をペイできているのかもわからない。若いころならまだしも、この年になっても勝負し続けなくてはならない状況に、疲れていたのは間違いないと思います」(他の芸能プロ関係者)

古希を迎え、自分の才能が枯渇していく。天才と呼ばれる男だからこそ「過去の自分」と闘うことの難しさは身に染みてわかっているはずだ。

ならば、まったく新しいことに挑戦しようと考えても不思議ではない。71歳という年齢は最後のチャンスとも言える。

評論家の呉智英氏が背中を押す。

「今回の独立が、内部のいざこざのためか、新たな挑戦のためなのかはわかりませんけど、挑戦のために過去のしがらみを断ち切るのであれば、私は応援します。

むしろ心情的に共感しますよ。やりたいことにリスクがあって、プロダクションの負担になるくらいなら、個人としてやろうと考えたんでしょう」

冒頭の居酒屋の店主・河野さんは「たけしは決して、私利私欲のために独立したわけじゃない」と主張する。

「たけちゃんの選択に対し、いろいろ言う人もいるでしょう。でも、要は『わがままを言うけど、自分が育てた弟子も何もかも置いていく。

森社長、ありがとう。俺は裸で出ていくよ』という話だろ。文句を言うヤツには『それの何が悪い。バカやろう』と言いたいね」

「週刊現代」2018年3月31日号より

芸能レポーターを困らせる質問 結婚発表で「なぜこのタイミング?」

結婚会見での定番「なぜそのタイミングで?」

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 交際宣言、結婚発表、妊娠発表、出産報告、離婚発表……。

 芸能人は、何か事あるたびに世間に向けて発表、報告しなければならない。法律で決まっているわけでもないし、政治家の説明責任のような重いものではないが、まるで芸能人の義務であるかのようになっている。

「もちろん、なかには一切やらない人もいますが、たいていの芸能人の方は何らかの形で報告や発表をします。記者会見は少なくなりましたが」(スポーツ紙記者)

 そのときに必ずといっていいほど、浮かび上がる疑問がある。それは、“タイミング”だ。

「何かの発表があると、なぜこの時期に、この日に、このタイミングでということが必ず話題になります」(前出・スポーツ紙記者)

 その“タイミング”には何かしら理由があるはずだ。

「交際宣言や妊娠・出産のケースは解りやすいです。ずばり、発覚したからです。隠していた交際が、週刊誌やスポーツ紙にキャッチされたら、本や新聞が発売される前後ですね。

 妊娠や出産は、隠していてもいずれはバレますが、安定期に入ってからだとか、退院したときですかね」(ワイドショースタッフ)

 離婚発表はいろいろと思惑が入ってくる。今ではよく知られている話だが、

「当人たちはできれば知られたくないというのが本音です。発表はしても、騒がれるのはなるべく避けたい。だから、なにか大きな事件が起きたり、国家的な行事があったりして、自分たちに目が向かないとき。

 または年末ですね。年末は週刊誌も休みですし、テレビも特番が多くなってワイドショーも休みになりますから。また年内に身辺を整理して新しい年を迎えたいという気持ちがあるからでしょう」(前出・ワイドショースタッフ)

 これが結婚・入籍のタイミングを予測するとなると、いささか難しくなる。

「結婚秒読みとか言われていても、実際に入籍する日を当てるのはそう簡単ではありません。大安の日であることは間違いないんですが(笑)」(前出・スポーツ紙記者)

 そして、この“タイミング”に困っている人たちがいる。

「“どうしてこのタイミングなの?”と、よく質問されます。

 “誕生日説”と、“30・29歳”説(女性が30歳を前に結婚を決めるとされる説)などありますが、私たちはいろいろな情報を集め、分析して答えを出すのです。

 それでも“推測、憶測でしょ”、と言われちゃうことが多いです。たしかに推測、憶測ですが、そう言われちゃうと身も蓋もない(笑)」(芸能レポーター)

 “タイミング”は芸能レポーター泣かせだった⁉

「囲み取材があるときには質問して答えてもらえる場合もありますが、FAXで通知されるときなどは、そこまで親切じゃないですからね。

 これからは発表のときに、その日と決めた理由も付け加えてもらえるとありがたいんですが。それじゃあ私たちの出番がなくなっちゃうか(笑)」(前出・芸能レポーター)

 ちなみに、宮沢りえ・森田剛の場合だが、昨年3月にりえが実の父親のように慕っていたアートディレクターの長友啓典さんが亡くなっている。喪が明けないうちは結婚はないだろうと思っていたので、喪が明けた後の平日で大安ということで、16日になったのではないかと思われる。

 あくまで私の“推測”ですが。 

<芸能ジャーナリスト・佐々木博之>
◎元フライデー記者。現在も週刊誌等で取材活動を続けており、テレビ・ラジオ番組などでコメンテーターとしても活躍中。

ハライチ岩井勇気が九蓮宝燈を初あがり「死ぬ」という伝説に恐怖

岩井勇気(ハライチ)

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29日深夜放送のラジオ番組「ハライチのターン!」(TBSラジオ)で、お笑いコンビ・ハライチの岩井勇気が、麻雀のレアな役満であがったことを振り返った。

なんでも岩井は、先日麻雀をした際に、初めて九蓮宝燈であがったというのだ。岩井いわく、九蓮宝燈は役満の中でも雀牌がそろうのが稀なため、一部では「(九蓮宝燈で)あがったら死ぬ」と言われているほどなのだとか。あまりに珍しい役満のため、岩井があがったときも「えっ、こいつ九蓮で上がった」と場の空気が凍りついたとか。一同は九蓮宝燈への恐怖心からか、麻雀を終了しすぐに解散したという。

その後の岩井は、九蓮宝燈であがったことで、「なんかどっかで死ぬんじゃないか?」とおびえていたというのだ。帰り道では「このタクシー、事故るんじゃないか」「(コンビニに寄っても)アクセルとブレーキを踏み間違えたダンプとか突っ込んでくるんじゃないか」と、つい考えてしまったそう。帰宅後も「(食事が)喉に詰まるんじゃないか」「湯船で寝て死ぬんじゃないか」「このまま寝ても起きれないんじゃないか」と、すべての行動に死の恐怖を感じたというのだ。

またその翌日の岩井は、所属事務所の社長らに同行し、新車選びに付き合うことになっていたという。さらに岩井は、社長の指名で試乗車を運転することに。社長が同乗している緊張感で「事故ったら会社ごとぶっ潰れる」「命を削りながらの試乗」と大汗をかいたというのだ。時速30キロ程度とゆっくり運転した結果、事故は起きなかったが、速度が遅すぎたために本来の乗り心地は分からなかったということだった。

岩井は「すごい疲弊しちゃってさ」「怖かったね、あの日は」と、九蓮宝燈の恐怖心に苦しまされた2日間を振り返っていた。

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スキージャンプの葛西紀明 原田雅彦との因縁をテレビ初告白

4月1日放送、TBS系『スポーツ天国と地獄 今だから話せる!あの名場面のウラ側SP』スキージャンプ・葛西紀明選手が原田雅彦氏との因縁をテレビ初告白(C)TBS

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 1998年長野五輪・男子スキージャンプラージヒル団体で史上初の金メダルを獲得した日本代表。だがこの時、選手選考漏れした葛西紀明だけが「金メダルを願っていなかった」という。葛西は金メダルの瞬間、悔し涙を流した。そこには、ライバルの原田雅彦との知られざる因縁が…。頂点を目指す競技者であれば、誰もが抱くであろう“心の叫び”をレジェンド葛西が、テレビカメラの前で初告白。TBS系『スポーツ天国と地獄 今だから話せる!あの名場面のウラ側SP』(4月1日 後6:30〜8:57)で放送される。

【写真】2人の天国と地獄を象徴する一枚

 2人の因縁の始まりは、長野五輪の4年前、1994年のリレハンメル五輪までさかのぼる。当時、日本代表に選ばれていた葛西は、団体決勝の舞台で130メートル超えの大ジャンプを見せ、日本チームは大きく金メダルに近づいた。葛西自身も99%金メダルを獲得すると思っていた。最後の一人が105メートル以上飛べば金メダル。これは一流ジャンパーであれば余裕の距離。しかし、最後に飛んだ原田がなんと100メートルにも届かない97.5メートルという世紀の失敗ジャンプ。その結果、金メダルは葛西の手から滑り落ちた。葛西は先輩だった原田を「蹴っ飛ばしてやりたい」と憤慨し、結果的に葛西に地獄を味わわせた原田は「申し訳ないでは済まされない」と、自責の念を口にする。

 スポーツにミスはつきもの…それは葛西自身もよくわかっている。だが、二人の因縁はこれで終わりではなかった…。それから4年後の長野五輪。リレハンメルでの雪辱を晴らすため、葛西は誰よりもハードな練習をこなし、特別な思いで大会に挑んでいた。しかし、本番のわずか2日前に思わぬ事態が…。団体戦の代表メンバーはこれまでの実績ではなく、公式練習の結果で選抜するというのだ。選ばれるのは8人中4人。当時の葛西は日本のエース格の一人で、当然、誰もが代表に選ばれると思っていた。しかし、結果は落選…いったい、なぜ? そこには、またしても原田との因縁が隠されていた。

 大会を宿舎で観戦していた葛西は「メダルを獲ってほしくなかった」と語り、原田の競技中には、飛んだ瞬間から落ちるまでの間、ある言葉を叫んでいたという。一体、原田に向かってなんと叫んでいたのか。そして2人の間になぜ、そこまで大きな亀裂が生まれてしまったのか? そして、あの時流した悔し涙こそが、前人未到の快挙を生むモチベーションとなっていたことが明らかになる。

新アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」予定調和ではない初回放送に衝撃

美しいアニメーションも魅力の「ゲゲゲの鬼太郎」/(C)水木プロ・フジテレビ・東映アニメーション

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「人間五十年、下(化)天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」

【写真を見る】そりゃあ目玉が急にしゃべったら焦るでしょうな!/(C)水木プロ・フジテレビ・東映アニメーション

かの名将・織田信長が好んで演じていたといわれる幸若舞「敦盛」の一節だ。信長について描く演劇作品では、彼の“最期”の瞬間を象徴的に描くために、これを燃え盛る本能寺で舞い踊って死んだと描くものも少なくない。

ただし、人間五十年というのは、別に平均寿命が当時50歳くらいだったから、というわけではなく他の世界との比較で、しょせん人間の生きる50年なんて妖怪が暮らす業界とか、天界とかと比べたらはかない命だねってこと。

って、いきなり何を言い出したのか分からないが、つまり自分が今いる世界、今見えている世界がすべてじゃないということ。

そして50年もの長きにわたって人間たちや、人間界に棲みつく妖怪たち?を楽しませてきたアニメの最新シリーズが、4月1日(日)朝9時から始まる。

各局で放送されているドラマやバラエティー、アニメなどを事前に完成DVDを見て、独断と偏見とジョークに満ちたレビューで番組の魅力を紹介する、WEBサイト・ザテレビジョン流「試写室」。

今回は、その「ゲゲゲの鬼太郎」(毎週日曜朝9:00-9:30、フジテレビ系)の第1話を取り上げる。

まあ、記事としては“見えている世界”がすべてだから、見た人が分からなかったらあかんのだけど…。

■ 新アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」とは?

さておき同番組は、1968年に第1期が放送されてから、2018年1月3日に50年を迎えた妖怪漫画の第一人者・水木しげる氏の漫画が原作の国民的テレビアニメシリーズ。

これまで1960年代、1970年代、1980年代、1990年代、2000年代と、約10年ごとに5回アニメ化されてきた。そして、6回目のアニメ化となる今回は、21世紀も20年近くがたち、人々が妖怪の存在を忘れた現代が舞台となる。

科学では解明できない現象が頻発し、流言飛語が飛び交い、大人たちは右往左往するばかり。13歳の少女・まなは、そんな状況を何とかしようと、妖怪ポストに手紙を書く。

そして、まなの前にカランコロンと下駄の音を響かせて、ゲゲゲの鬼太郎がやってくる…というストーリーだ。

第6期では、主人公・鬼太郎役に沢城みゆきが起用され、さらに初代・鬼太郎役の野沢雅子が目玉おやじを演じる。

ほか、ねずみ男役に古川登志夫、ねこ娘役に庄司宇芽香、一反もめん役に山口勝平、子泣きじじいとぬりかべの2役に島田敏、砂かけばばあ役に田中真弓。

また、今作のオリジナルキャラクターである人間の女の子・犬山まなの声を藤井ゆきよが務める。

■ 独断と偏見のレビュー

あまり大きな声では言えないが、普段からそれほどアニメを見るタイプではないだけに、これまでの「ゲゲゲの鬼太郎」シリーズもご多分に漏れずちゃんとリアルタイムで見たことがなく、比較めいたことはできないのだが。

ファン待望の第6期。舞台が現代ということもあって、初っ端に渋谷のスクランブル交差点が登場するあたり、アニメ慣れしていない人でも入りやすくなっていた。

スクランブル交差点のクオリティーも高く、「今回の鬼太郎って実写版だったっけ?」と迷い込んだほど。

…それはいくらなんでも言い過ぎました。お詫びして訂正します。

つまり、それくらい丁寧かつリアルに現代が描かれていると言いたいのだ。

そして、これまた現代っぽいのがいきなりのYouTuber登場。そう「チャラトミチャンネル」のチャラトミくん。

この彼、いくらなんでもチャラ過ぎるし、やることが大胆過ぎる。

でも、ある現象が起きたとき「自業自得だ」って展開になるのかと思いきや、そこからの急展開は見事。平和慣れした現代への警鐘という意味なのか、罪なき罪深い傍観者たちにも容赦なく降り掛かるソレ。

思わず「じぇじぇじぇ!」と言いたくなるほど、勢いよく「ゲゲゲの鬼太郎」の世界に引き込む描写は、雑に褒めると「すっげー! やっべー! マジ卍」そのものだ。

また、今回から声優が沢城に替わった鬼太郎。試しにさかのぼって過去の鬼太郎の声を聞いてみると、全然違和感がない。似ている似ていないとか、近いとかそういう意味ではなく、違和感がない。

トーンが絶妙というか、静かに情熱を秘める感じが素晴らしい。“すごみ”すら感じる。

目玉おやじが「鬼太郎〜!」と叫ぶシーンも見どころ。しばらくは「あれ? 鬼太郎が鬼太郎を呼んでいるぞ?」と思っちゃうファンの人もいるかもしれないが、個人的には目玉おやじって元々野沢雅子だったよね、って思ってしまうほどハマっていたと思うけどなあ。

ほか、気になったところは、鬼太郎の“探し方”の今っぽさ、“妖怪ポスト”から手紙が運ばれるさまのほほ笑ましさ、そして目玉おやじの照れ笑い、あいさつ代わりにしては強過ぎないか?の敵に、衝撃ラスト…。

特に第1話って、あいさつ代わりの敵が出てきて、主役の強さや特徴をアピールして、今後見やすくするのが通例だが、いきなり天に誓ってガチなのがこの作品。いやはや焦った…。

本当に30分番組なのに見どころがギュギュっと凝縮されていて、おら、おなかいっぺえだぞ!

目に見える世界だけがすべてじゃないということは、やはりこの世界にも知らないうちに何かがいるのだろうな。

そういえば、最近なんか急に記事を書くのがおっくうになることがあって、何でだろう…何でだろう。何でだ何でだろうと思っていたが、やっと分かった。

全部妖怪のせいだ。(ザテレビジョン・文=人見知りシャイボーイ)

YOSHIKIが苦悩の半生を告白「苦しかった」とファンが悲痛の声


 
X JAPANのYOSHIKI(年齢非公表)が3月30日放送の「中居正広のキンスマスペシャル」(TBS系)に出演。自身の生い立ちからX JAPANの苦難といった壮絶な過去について語ったことが、反響を呼んでいる。
 
呉服屋の長男として裕福な家庭に生まれるも、10歳のときに大好きな父が自殺。その悲しみを吹き飛ばしてくれたのがロックとの出会いだった。これをきっかけに後のボーカル・ToshIと仲良くなり、X JAPAN結成へとつながっていった。
 
しかしX JAPANの世界進出をきっかけに、ToshIとの間に溝が生じてしまう。そして洗脳騒動につながり、YOSHIKIは解散を決断する。
 
97年に開催された解散ライブ時の心情を、「単純にメンバーを失ったというよりも幼なじみであり家族でもある人を失ったんだなって」と語ったYOSHIKI。ライブ終盤、花道でToshiと抱擁を交わしたシーンについては、「ぶん殴ってやろうと思ってました。でも目の前に現れたのは幼馴染のToshIで。やっぱり、抱きしめてしまいました」としみしみ語った。
 
司会の中居正広(45)が「仲間でもありメンバーでもあり、友達ですからね」と頷くと、「どんなToshIでも、やっぱり幼なじみのToshIなんだなって」と思いを巡らせた。その後、Hideの急逝というさらなる悲しみが襲う。絶望の淵に立たされるも、99年の天皇陛下即位10周年記念式典での演奏をきっかけにYOSHIKIは音楽への情熱を取り戻していく。
 
そして07年、ToshIからの突然の電話をきっかけに再結成。「もう会わないと思ってたので、一生。嬉しかったですね。まず生きていてくれたことが……」と当時の喜びを振り返った。
 
一連の激動の半生についての告白を聞き、中居が「神様は乗り越えられない試練は与えないと言いますけど……」と沈痛な表情で声をかけると、 YOSHIKIは「わぁ、僕、その言葉本当に好きです」と笑顔を見せた。さらに「過去を輝かすか暗い過去にするかは未来が決めるって思ってる」と試練に負けない人生観を語った。
 
ネットでは、「苦しかった。気づいたら息をとめて観てた」「こんなに見てるだけで体力消耗する番組ある……?」「テレビ観ててこんな感動しちゃうのって、久しい」「YOSHIKIの強さを感じた」と感動の声が多く上がっている。

「探偵!ナイトスクープ」4位まで発表されたオールタイムベスト10に反響

30周年「ナイトスクープ」ベスト10に反響

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1988年の3月5日に放送開始となった人気バラエティ番組「探偵!ナイトスクープ」(朝日放送)が、今年で記念すべき30周年を迎え、2週連続で「探偵!ナイトスクープ30周年記念! 視聴者が選ぶオールタイムベスト10」を放送。1週目となる3月30日の放送では、10位から4位までの依頼が紹介された。

番組では、ナイトスクープの大ファンというお笑いタレントのビートたけし(71歳)が選んだ「泥酔する父親に悩む家族」や、ギャラクシー賞などにも輝いた名作「アホバカ分布図」、「ゾンビを待つ3姉妹」が成長した姿などが放送されファンを喜ばせているだけでなく、SNSでは、多くのファンが自身の“マイベスト10”や思い出のエピソードなどを挙げるなど反響を呼んでいる。

5000本を超える依頼の中から視聴者投票によって選出されたベスト10の10位〜4位は以下の通り。

☆探偵!ナイトスクープ オールタイムベスト10(3月30日時点、10位から4位まで)

第4位「マネキンと結婚したい!?」1997年1月放送
第5位「ゾンビを待つ3姉弟」2008年3月放送
第6位「レイテ島からのハガキ」2011年1月放送
第7位「超大作!アホバカ分布図!」1990年1月〜1991年5月放送
第8位「電車より速い!? 大和川下りで通勤」1996年10月放送
第9位「泥酔する父親に悩む家族」20012年5月放送
第10位「ガォーさんが来るぞ!」2007年8月放送