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ドラマでの囚人生活は「地獄でした」 ディーン・フジオカが振り返る

囚人扮装がトラウマになったと明かしたディーン・フジオカ (C)ORICON NewS inc.

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 俳優のディーン・フジオカが13日、都内で行われたフジテレビ系連続ドラマ『モンテ・クリスト伯-華麗なる復讐-』(19日スタート、毎週木曜 後10:00)製作発表に出席した。劇中では15年間、無実の罪で投獄されてしまう実直な青年を演じるディーン。ひげも髪も伸ばしっぱなし、今とはまるで別人のような牢獄生活での扮装姿が画面に映し出されると「これはまだきれいな方。もっと地獄でした」と苦労を振り返った。

【写真】ひげも髪も伸ばしっぱなし!ディーン・フジオカの囚人姿

 会場に敷かれたブルーカッペットを通り、ファンからの黄色い悲鳴を浴びたディーンは「閉じ込められたり拷問を受けていたので、多くの人と向き合うと緊張する…」と落ち着かない様子。「こんな目に力があるような感じではない。肌も黒のスプレーで塗って、殴られたり拷問されてボコボコで歯も真っ黒。粉じんを頭からかぶって、ちょっと動くと粉じんでむせちゃうみたいな…トラウマでしたね」と告白し、「今の技術ってすごくて、匂いまでリアルなんです。これ以上は言いません」と想像の上を行く裏側を明かした。

 そんなディーンの姿にも共演の高橋克典は「どの姿もいいですね」とうなり、婚約者を演じた山本美月は「きょうまで観ていなかったので私(の演じる役が)が別の場所で生きている間に、こんな姿になっていたと思うと泣けてきちゃいました」と思わず同情。観客に投獄前の無垢な漁師時代と囚人時代、そして現在の姿のどれがいいか拍手でアンケートをとると、現在が一番人気を集め、「このまま続けていいですか?安心しました!」と胸を撫で下ろした。

 同ドラマは、日本では「巌窟王」として知られる小説『モンテ・クリスト伯』(作:アレクサンドル・デュマ)が原作。漁師として夢や仲間を大切にしていた青年・柴門暖(ディーン)が、愛、将来、自由、仕事、自尊心のすべてを奪われたことを機に、実直な人間から“復讐鬼”と化すノンストップ復讐劇。

 このほか関ジャニ∞・大倉忠義、新井浩文が登壇した。

元SKE矢方美紀が左乳房を全摘出 ファンや同病の人から応援殺到

乳がん手術を報告(画像は矢方さんのブログから)

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SKE48のメンバーでタレントの矢方美紀さんが、2018年4月13日、自身のブログで乳がんの手術を受け、現在は退院したことを報告した。

矢方さんは2009年から17年までSKE48として活動。卒業後は名古屋を中心にタレント業を継続していたが、18年1月に事務所から体調不良による芸能活動休止が発表され、ブログでは通院する様子を日々報告していた。

「手術後の私は意外と元気でした!」

矢方さんは、13日のブログで

「去年の12月、私の身体にずっと気になる箇所があり、周りの方にも色々と相談をして・・・
病院に行ってみたところ、『改めて詳しく検査を受けてください!』と言われ
その検査の結果で、乳がんだと判明しました」

と、入院の経緯を説明。2日に受けた手術で左乳房全摘出とリンパ節の切除を行ったことを明かし、

「手術後の私は意外と元気でした!」

と、自身の状態についてつづった。

手術の影響により、左手を動かすのが難しい状態ではあるというが、リハビリを続けることで以前と変わらない状態に戻れるといい、

「1日でも早く治したいと思います」

と前向きなコメントも出している。

ブログやツイッターによると、矢方さんは3月30日から入院しており、当初は

「初めての入院だから正直不安しかない、、、」
「色々考えることはあるけど、治して良くしていくしかない。
悩みは増えたけど、、、その分きっと素敵なことがあると信じます」
「明日の今頃自分はどうなってるか想像したら、、、寝れない。想像したらあかん! 多分大丈夫!痛くない、、、痛くない。」

と、病名には触れないものの、不安な心境を吐露し、手術後には、

「いつもみたく顔を洗うのも 左腕が上がらないから一苦労
服着るのもね、 改めて感じますよ、、、 本当健康って素晴らしい!!!!」

と、その苦労についても触れていた。

乳がん経験者からも応援メッセージ相次ぐ

病名を出す以前から、矢方さんのブログやツイッターにはファンから

「良かった。お大事にまた元気な姿を見られるのをお待ちしてます」
「手術を無事終えたと連絡受けました。本当に本当に良かった! またみきてぃと笑って話せる時がくるのを楽しみにしてるね!」
「ゆっくりで良いからしっかり治してね。 また元気な姿見れるのを楽しみにしてます」

など応援が寄せられていたが、乳がんだったことを明かすと、同じく乳がんだったという人々からも

「頑張りすぎずに、近くの人にたくさん支えてもらいながら過ごしてください」
「ご無理なさらないで、お大事になさってくださいね!今回の発表は、同じ時期に…と思うと励みになりました。テレビ越し、ラジオ越しに見守っています」
「美紀ちゃんが元気に活動してくれるのは希望になりますが無理はしないでくださいね。
美紀ちゃんがいままで笑顔やパフォーマンスでファンを元気付けてくれた分、ファンの私達が美紀ちゃんに元気を送れるように祈ってます!!!」

といったメッセージが相次いだ。

上戸彩、ズートピアのアフレコでの苦労告白 「コテンパンにやられた」

映画「名探偵コナン ゼロの執行人」で、物語の鍵を握る弁護士・橘境子の声優を務めた上戸彩/撮影=横山マサト

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劇場版「名探偵コナン」シリーズの22作目となる「名探偵コナン ゼロの執行人」が4月13日(金)より公開される。上戸彩はゲスト声優として、物語の鍵を握る弁護士・橘境子を熱演。2006年のTVアニメ出演から12年ぶりの出演となった上戸に、大人も楽しめるコナン映画の魅力、そしてスタッフ陣を驚かせた驚異の成長っぷりについて語ってもらった。

【写真を見る】12年ぶりのコナン作品出演となった上戸彩がビックリ?/撮影=横山マサト

■ 12年ぶりのコナンは、色々と進化がスゴい!?

ーー上戸さんにとっては12年ぶりのコナン作品となりますね。

本当に久しぶりですね。特に劇場版の「名探偵コナン」シリーズって、もう毎回のように興行収入1位を飾る人気の映画ですから、依頼をもらった時は光栄でした。私自身も大好きな作品ですし、何より地元の友達の息子がコナンの大ファンなので、その子に自慢したい一心で「やります!」って即答しました(笑)。

ーー久しぶりにコナンの世界に入ってみて、いかがでしたか?

驚きです。コナンからは少し離れていた時期もあったので、お話をいただいたのをきっかけに、「名探偵コナン 純黒の悪夢」を見たら、安室(透)さんや赤井(秀一)さんが大活躍していて、「あれ? 主人公増えた?」って(笑)。知らない新キャラもたくさん登場しているし、組織とか人間関係もすごく複雑になっているし。コナンはこんなにも進化を遂げていたのかと戸惑いました。

ーー今回の映画ではサイバーテロが描かれるなど、犯行方法からして昔とは違いますよね。

サイバーテロの描写とか、台本を読んでも何がどうなっているのかさっぱり分からなくて。「これ子供が理解できるのかな?」って心配になるほどでした(笑)。台本で読んだからそう感じるだけで、絵が付いたらまた違うんでしょうけど、それにしてもハイテクになりました。

ーーむしろ今の子供達の方がすんなりと理解できるのかもしれません。

そうかもしれないですね。劇中で、私が演じる境子と博多大吉さんが演じる二三一がテレビ電話で話すシーンがあるんですけど、今では当たり前の描写がいちいち「現代っぽいな」と感じちゃって、同時にコナンから離れていた月日の長さを思い知らされます。私たちが子供のころは、そんなシーンなんて考えられなかったですからね。

■ アフレコ時間は驚きの2時間! 『ズートピア』のおかげ?

ーー上戸さんが演じられた橘境子は、毛利小五郎を弁護する弁護士という役どころです。どんな印象を持たれましたか?

一見頼りなさそうに見える弁護士ですが、実は……!? っていうキャラクターで、決して単純ではない役柄なので、お芝居をしていてもやりがいがありますし、最後まで楽しくアフレコさせていただきました。

ーーセリフ量が多いにも関らず、収録は2時間ほどで終わったと聞きました。あまりにスムーズに進むので、スタッフさんもみんな驚いていたみたいですよ。

ありがとうございます。今回サクサクいったのは、2年前に『ズートピア』で苦戦した経験が大きかったと思います。

ーー上戸さんは『ズートピア』の日本語吹き替え版で、主人公のジュディを演じられましたね。

あのときは10日間アフレコでスケジュールがあったんですが、コテンパンにやられたんです(笑)。特に初日なんて、全く進まないくらい。その時にかなりしごいてもらったおかげで、今回はほとんどダメ出しされることがありませんでした。

ーー具体的にはどんなところが上達したと思いますか?

声のお芝居のコツみたいなものをつかんだんだと思います。実写のお芝居と声だけのお芝居はやっぱり違うもので、アニメーションだとこう言ったほうが伝わりやすいとか、ここまでやらないと不自然になっちゃうとか。そういう感覚が自分の中に定着したのかなと思います。

ーー境子は、おっとりしつつ、どこかで怪しさも感じさせるというのはかなり難しそうです。具体的にどんなところに気を付けましたか?

セリフを言うリズムをちょっと変えたりとか、強調したい部分はあえて少しだけ低く、ゆっくりと発音したりとか。微妙なところを変化させてちょっとした違和感を出す感じ。そこは普段やっている実写のお芝居でも同じなので、自然と出せたと思います。

■ 最後には、自分でも聞いたことのない声が!

ーーそして後半は、そのギャップがどんどん激しくなっていきますね。

そうですね。最後はドスを効かせるように問い詰めたり、感情をむき出しにするシーンもあって、そこでは自分でも聞いたことのない声が出ました。あの時はスッキリして気持ちよかったです(笑)。

ーー境子のギャップに、上戸さんの未知の声質が引き出されたんですね。

自分でも驚きました。最初はもう少し大人しく演じていたんですけど、「そこは”もっと”お願いします!」と何度も言われて、その度に「分かりました」と答えながらも、じつはどうすればいいのかよく分かっていなかったんです。それでも、テイクを重ねているうちに新たな声が出てきたんですよ。手探りでも何でも、やってみるものですね(笑)。

ーー最後に「名探偵コナン」の魅力ですが、男の子はアクション、女の子はキャラやドラマ、大人は推理や深いテーマ性など、世代や性別によっていろいろな楽しみ方ができるんですね。

そう言えば私も子供のことは、お父さんやお兄ちゃんといっしょにコナンを見ていましたからね。私は蘭ちゃん、新一、コナンの微妙な、それでいて完璧な関係性にキュンキュンしてました。好きな人と遠く離れていると思いきや、実は一番近くで守られてる蘭ちゃんって最高!って(笑)。でも父や兄はきっと別の部分、それこそ推理やアクションが好きだったんですよね。そんな風に子供から大人までみんなが楽しめるのがスゴいなと思いまし、映画ではそれがさらにパワーアップされている気がします。「コナン映画は大人ファンも多い」と聞いてはいましたけど、自分で演じてみて、あたらめて納得できました。(ザテレビジョン)

みんなまたすぐ会える?「ぷっすま」の打ち上げが質素だった訳


 
「僕も『「ぷっ」すま』が終わったら、もう地上波(のテレビ番組)は『ブラタモリ』のナレーションだけになっちゃいますね」
 
そんな“自虐”スピーチで挨拶したのは、草なぎ剛(43)。19年半続いた『「ぷっ」すま』(テレビ朝日系)の打ち上げが、最終回の収録が終わったスタジオをそのまま会場にして3月20日に行われた。
 
「番組によく出ていた江頭2:50も来ていましたが、ケータリングで飲みものや食べものが並んだだけの質素な打ち上げでした。小1時間、挨拶と写真撮影だけ。番組同様、ゆるーく終わった感じでした」(番組スタッフ)
 
質素な会場で自虐スピーチと聞くと心配になるがーー。ユースケ・サンタマリア(47)と挨拶に立った草なぎは、番組そのままの絶妙な掛け合いをコンビで披露した。
 
ユースケ「剛はもう“帰りたい”って言ってるんですよ。今日の番組企画で連れてきた(愛犬の)くるみが疲れちゃってるからって」
 
草なぎ「いやいや、久しぶりのスタッフもいっぱい来てくれて、本当に幸せです」
 
ユースケ「子供を連れてきたスタッフとか、番組当初から2回も結婚しましたっていうスタッフもいますからね」
 
そして草なぎの“自虐スピーチ”が出たときも、参加者は和やかに笑うだけだったそう。草なぎ本人もユースケに「でも、映画や舞台にネット番組、YouTubeとかいろいろあるじゃない」とツッこまれると、「そのとおり!」と言わんばかりの自信ありげな笑みを見せていたという。
 
「それは、ユースケさんのツッコミのとおり、仕事が順調だからでしょう。地上波にこだわる必要がないんです。そして、打ち上げが質素だったのも理由があります。打ち上げから約1週間後の4月1日に、ネットのAbemaTVで新番組『新しい別の窓』が放送されました。じつはこの番組は『「ぷっ」すま』と同じ制作会社が担当しているんです。そして、ユースケさんも江頭さんも、そのままAbemaの番組にもゲストで出てきました。みんなまたすぐに会えるとわかっていたから、軽めの打ち上げだったんですよ」
 
いよいよ映画もスタート。“自虐スピーチ”も余裕の表れだったようだ。

天才テリー伊藤対談「小林克也」(3)コントの時に自分の地声は封印した

天才テリー伊藤対談「小林克也」(3)コントの時に自分の地声は封印した

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テリー そんなふうに始めたラジオDJで有名になったあと、伊武雅刀さん、桑原茂一さんと組んだユニット「スネークマンショー」で大ブレイクするじゃないですか。ラジオもレコードも僕は大好きでしたけど、「音楽でこんな勝手にイタズラしてもいいんだ」という革命でしたね。

小林 あれはまさにイタズラでした(笑)。僕はもともと曲をかける前に「この曲はこうで、こうで」みたいな、つまらない解説を入れるのが嫌いだったんですよ。海外のラジオみたいに気の利いたひと言をポンと言って、曲に入りたいと思っていて。

テリー ああ、向こうのDJはしゃれてますよね。それまでの話を引き継ぐような形で、曲にスッと入ったりしてね。

小林 ですよね。僕が好きだったアメリカのウルフマン・ジャックというDJが「音楽というのは、すでに一つの世界を持っているんだから、それを際立たせればいい」と言っていて、「スネークマンショー」では、まさにそれをやろうと思ったんです。だから初期の頃は、女性がシャワーを浴びながら鼻歌を歌っている音を見つけてきて、そこにエコーをかけた「エッヘッヘッヘ」という笑い声をかぶせたりしただけのものを曲の前に流したりしていたんですよ。

テリー それだけで、ストーリーができますよね。

小林 そうなんです。それで女性が「キャー」と叫ぶと、ドゥーワップの曲がドゥンドゥンと入ってくるみたいな。何だかわからないけど、それだけでおもしろい世界になる。そういうことをやろうと思って始めたのが「スネークマンショー」だったんです。

テリー 伊武雅刀さんがまた、演技も声も抜群でしたよね。

小林 彼はその頃、FM東京でナレーションの仕事をしていて、おもしろいヤツだったので「ちょっと来いよ」って誘ったのが最初ですね。それで、やっぱりウルフマン・ジャックが「ラジオで売れようと思ったら、顔は見せないほうがいい。『あいつ、どんなヤツだろう?』と想像させるのがいいんだ」と言っていたんですね。

テリー なるほど。

小林 だから「スネークマンショー」でコントをやる時は、僕らはそれぞれ、それ用のキャラクターを作ったんです。なので、小林克也の地声は一度も使わなかったんです。しかも当時は伊武のことも誰も知らなかったから、「何なんだ、あれは?」みたいな世界ができた。やっぱり、それがよかったんだと思いますね。

テリー かかる曲もカッコよかったですよ。

小林 ああ、それはうれしいですね。「スネークマンショー」でもう一つやりたかったのが、日本にあまりない音楽を紹介することだったんですよ。例えばジェームス・ブラウンやプリンスみたいな音楽、ヒップホップって、実は日本にないんですね。例えばフォークミュージックなんかは、日本に来るとニューミュージックに変化するんですよ。

テリー ああ、“和風”になっちゃうんだ。中国から来たラーメンが、日本人に合った別の似たものになっちゃうみたいな。

小林 そうそう。ラップなんかも、例えばケツメイシの「さくら」みたいに、ちょっと詩情を描くというか、日本独特のものになる。それが悪いっていうんじゃなくてね。

テリー いちいち面倒な感じなんですかね。

小林 いや、個性的でそれもアリだと思います。今でいうと、日本のアニメの音楽なんかは、海外の音楽の影響を受けずに独自の進化を遂げていますからね。それも一つの流れなんでしょうね。

高橋一生、熱愛報道で人気に陰り?「CMも好感度調査でダダすべり」

森川葵との交際で評価を急落させた高橋一生

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 飛ぶ鳥を落とす勢いの人気を誇っていたはずの俳優・高橋一生(37)が悩みを抱えている。これまで主に30〜40代の大人の女性ファンから圧倒的支持を得ていたが、ここにきて陰りが見え始めたというのだ。その原因が女優・森川葵(22)との熱愛報道。“名優”だけに、すぐに仕事の需要がなくなることはなさそうだが、若手女優との交際で肝心の俳優業が怪しい雲行きになっている。

 昨年、NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」に小野政次役として出演した高橋は、物語の半ばで非業の死を遂げると“政次ロス”と大騒ぎになったほどの反響を呼んだ。先月終了したNHK連続テレビ小説「わろてんか」にも出演し、ドラマ界で一大ブームを巻き起こした。ところが…。

「つい最近まで、ドラマ界では『視聴率が欲しくなったら高橋を出演させろ』と言われていたんです。それが最近、この定説に多くのテレビマンが首をかしげるようになった。なぜなら数字がついてこないから。潜在視聴率も、かつては10%超えといわれていたのが、いまや4〜5%しかない。おまけに高橋が出演するCMも好感度調査でダダすべり状態。あまりの人気急落ぶりに本人も関係者も、慌てているんです」(芸能プロ関係者)

 理由は至極明快だ。今年2月、写真週刊誌「フラッシュ」で森川との熱愛が報じられ、人気が急激に落ちているからだ。

「高橋のイメージ戦略というか、売れ方が自らの首を絞める形になったと言った方がいいかもしれない。彼は年上の女性に好まれるようなイメージを巧みに植えつけることで、ブレークした。ドラマや映画を見ても役柄は圧倒的に年上女性との恋愛話が多い。だから、彼を支える女性ファン層の大半が、30歳以降に固まっているんです」(同関係者)

 それなのに、実際に交際していると報道された相手は年下。ましてや22歳の森川だ。

「せめて付き合うんだったら年上にしてほしかったと多くの人が思っているんです。結局、若くてピチピチした22歳の女性を選んだと知って愛想を尽かしたんです」(テレビ局関係者)

 さらに追い打ちをかけたのが、ネットなどで盛んに話題になっていた過去の出演映画「マリッジリング」(2007年公開)。恋人を中年オヤジに寝取られる女々しい男性を演じたが、今の高橋からは想像もつかないほどダサい役柄にファンもドン引き状態なのだという。気になるストーリーはこういうものだ。飲料水会社に勤める普通のOL千波(小橋めぐみ)は、恋人の佳介(高橋一生)が仕事が忙しく、かまってくれないことに不満たらたら。そんなとき、異動してきた上司の桑村(保阪尚希)に食事に誘われ、いつしか肉体関係を持って、その関係を続けるようになる。

「高橋が演じた佳介は、自分の彼女が他の男に抱かれていることも気づかない。そればかりかエッチの最中に寝てしまう体たらく。この役柄が今の高橋と重なってしまうんです。一気に冷めました」(女性ファン)

 俳優としての人気をV字回復させるには、若い森川と別れるほかなさそう!?

「余命半年」胃がんのシルクの母に奇跡 3姉妹が献身的なバックアップ


 
「’14年8月、病院で母がピロリ菌の検査を受けたところ、担当医から『お母さんはピロリ菌どころか胃がんになっています』と、突然告知されました。それもステージ4。『このままだと、あと3カ月で胃のすべてががんに侵され、腸閉塞になる』と……。それをイタリアにいたときに聞いた私は、頭の中が真っ白になりましたね」
 
当時の心境をこう振り返るのは、独自の美容メソッドが、多くの女性たちから絶大な信頼を得ている“吉本の美容番長”こと、シルクさん。
 
このたび累計40万部を突破した人気シリーズの4作目となる新著『シルクのべっぴん塾 筋膜ゆるトレ』(ヨシモトブックス)を出版した彼女。その本のあとがきで、母・粕谷富美子さん(85)が胃がんで余命6カ月の宣告を受けたことを初めて明かしたのだ。
 
「がん告知を受けてから1カ月後に胃を全摘しました。ところが腹膜播種といって、すでにいろんなところにがんが散らばっていることがわかりました。担当医からは『余命6カ月〜1年を覚悟してください』と言われ、めちゃくちゃショックでしたね」(シルクさん・以下同)
 
その場にいた2人の妹たちに、「もっと母に生きてもらって、これからの6カ月をみんなで頑張ろう!」と声をかけた。
 
胃を全摘した富美子さん。これからは、胃腸に負担のかかる普通の食事はできない。野菜ソムリエプロの資格を持つシルクさんだが、食材選びから調味料、そして調理法に至るまで、これまでの食生活を根本から覆すほど猛勉強したという。とくに調理法では、油で揚げる・焼くといった料理が激減。土鍋や蒸し器を使った、蒸す・煮る料理を中心に考えた。
 
そしてシルクさんが、食生活の改善と並行して取り入れたのが、筋力トレーニング。
 
「母は82歳のときにがんの手術をしました。年齢とともに筋力が衰えてくると、家の中で転倒して複雑骨折することもありうる。そこから再び入院となれば、さらに筋力が落ちていく。そうならないために、自分のピラティスインストラクターの知識を生かしつつ、どこでも使えるフレックスバンド(ピラティスで使う伸び縮みするバンド)で、無理なく足腰を鍛えてもらうようにしたのです」
 
週に3〜4日、富美子さんと一緒に暮らしているというシルクさん。仕事で家を空けるときは、2人の妹がサポートしてくれている。
 
「母ががんになるまで、LINEなどしたことなかったけど、がんをきっかけに3姉妹でLINEを始めて、母を細かく観察するようになりました(笑)」
 
そんな3姉妹の献身的なバックアップが奇跡を起こす。余命6カ月を宣告された富美子さんだったが、全摘手術から3年6カ月を経過した今もお元気なのだ!
 
「触診するとがんはあるんです。でも、大きくなっていない。抗がん剤の量も通常の半分にしてもらっています。担当医の先生も『奇跡だ』とおっしゃっています」
 
じつは食事と運動のほかに、富美子さんを元気にさせたもう一つの要因がある。それは「ドッグセラピー」。余命宣告を受けた後に、シルクさんは心のケアになると思い、富美子さんが大好きなヨークシャーテリアを飼うことにしたのだ。
 
「名前はルチア。今では母の腕枕で一緒に寝ています(笑)。このルチアがとても役に立っています。母が『散歩に連れて行ってあげないとかわいそう』と言いながら、外に連れ出すんです。散歩中にはご近所から声をかけられますし、誰かとしゃべってから帰ってくる。おかげで“家に閉じこもってしまう”という心配もなくなりました」
 
厚生労働省統計による、日本人の死亡原因は男女共に「がん」が1位。死亡者全体の約30%を占めている。もし、愛する家族が突然がんを告知されたら、どう対応すべきか。誰もが悩むはずだ。だが、シルクさんの体験談に、そのヒントがあるのではないだろうか。
 
「がんと闘うのではなく、がんと共存しながら一緒に生きていく。私たち姉妹はそうやって母を支えています。がんは急には消えないし、やっつけようとすればするほど、牙をむく。そんな気がするからです。母ががんを告知されたときは、『がんと一緒に生きていこうね』と語りかけました。そのうえで、自分にできることを考える。食事のことでは『今は胃腸を休めてゆっくりやっていこうね』、筋トレでは『こんな運動もいいから一緒にやろうね』と、常に声をかけながら母を巻き込んでいきました。ただ、何をやるにしても、自分が健康でいることも大事かな」

夫が暴行で書類送検の上隠し子も 南野陽子はなぜ別れを決断しない?

南野陽子

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 W不倫報道で“辞退”した斉藤由貴(51)に代り、NHK大河「西郷どん」に出演すると発表された当時から、不安の声はあった。放送が始まった折も折、南野陽子(50)の年下夫が、暴行で書類送検されてしまったのである。妻の看板に泥を塗る“悪夫”のほどは、本誌「週刊新潮」でもたびたび報じてきた。

 ***

「FLASH」(18年3/20号)がスクープしたところによれば、南野の4歳年下の夫・金田充史(みつふみ)容疑者が暴行を働いたのは、今年2月のことだった。銀座のクリニックの〈実質的な経営者〉(「FLASH」より)をしている金田容疑者は、床にうつぶせにさせた従業員の尻を竹刀で叩き、全治2週間の怪我を負わせたという。


南野陽子

 南野が金田氏との結婚を発表したのは、11年3月。早くもその頃から金田氏の“評判”は取り沙汰されていて、例えば「週刊新潮」11年3/17号では、氏の家賃トラブルについて報じている。当時住んでいた港区のマンション、経営していたバー、IT関連企業などで、いずれも家賃を滞納していたという内容だ。

 それだけではない。14年12/11日号でもやはりクリニックの家賃滞納トラブルが報じられ、15年1月にはそのクリニックの内装工事費未払いによる裁判と、借金290万円の支払いを求める訴訟に敗れ、南野と暮らすマンションに「差押え執行官」が訪れる事態になりかけている、とも報じている。

 極めつけは15年6/11号で掲載された「『南野陽子』が涙目になった『銀座クラブママ』のお腹に夫の赤ちゃん」記事である。金田氏は30代後半のママと不倫関係にあったのみならず、相手を妊娠させてしまったのだ。当時、ママから相談を受けていた人物のコメントとして、次のような証言を紹介している。

〈「彼は常々、“南野とはもうすぐ離婚する。君と再婚したいから、先に子供だけ作らないか”と口にしていたそうです。不妊治療の必要性を調べるため、2人で都内の産婦人科に通ったことすらあった。ただ、(※店の)売掛け金を500万円ほど溜め、金銭トラブルが相次いで報じられたせいで、彼女の気持ちは冷めていきました。そんな矢先の昨年末に妊娠が分かったのです」〉

 年齢的にも出産を決意したお相手ママだったが、つづく同年10/15号では、金田氏に出産費用などを求めて提訴している旨がこれまた報じられているのだ。そしてその裁判で決まった2000万円の支払いも、やっぱり滞納していると、17年11/2号が報じている……。

 このほか、今年初めの「FLASH」では、事務局長を務めた医療法人から9000万円を横領し、刑事告訴されていることも報じられている。なぜ、南野は別れないのか。

なぜ南野は別れない

 金田容疑者の知人は、その人となりについてこう証言する。

「気分の浮き沈みが激しく、キレやすい。そして怒るとモノを投げたりするような人です。この間は竹刀で暴行したことが報じられましたが、実際、出身のPL学園高校で剣道をやっていたんです。だから今回も、シゴキのノリだったのでは。部下の頭を坊主にしたりとか、精神的に追い詰めたりしていたと聞いたこともありますよ」

 その割には、スポーツマンの潔さは感じられず、家賃を滞納などしているが。

「金にはルーズですね。従業員の給料を払わなかったり、借りた金を返さないとかは当たり前。問い詰めると何食わぬ顔で否定する、まあ生粋の詐欺師ですよ。そのくせ金遣いは荒く、『アルマーニ 銀座タワー』の店員に顔を覚えられるくらい店に通っては、ウン十万円するスーツをバンバン買うんです。で、車やマンションは南野さん名義。いざというときの差し押さえ逃れのためです。」

 南野の心中については、こう察する。

「TUBEの前田亘輝やカールスモーキー石井、クリエイティブディレクターの箭内道彦などと噂をされた南野が、43歳にしてようやく結婚できた『社長の夫』であるわけですよ。普通、愛人がいて隠し子まで発覚したら、別れますよね。それでも決断しないのは、結局のところ“女の意地”なんじゃないですか」

 とはいえ南野のイメージダウンは避けられず、事務所は頭を抱える一方だとか。夫君のトラブルが報じられるたび、“「許さんぜよ!」とはならない”とか“ナンノこれしき別れない”なんて書かれ方をしてきたが、書類送検ともなると、そろそろ茶化せなくなってきているのでは。

週刊新潮WEB取材班

2018年4月13日 掲載

KalafinaのKeikoが契約満了で事務所を退社「皆様に心から感謝」

Kalafina(左から)Hikaru、Keiko、Wakana (C)ORICON NewS inc.

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 女性3人組ボーカルユニット・KalafinaのKeikoが公式サイトなどを通じて、芸能事務所・スペースクラフトを契約満了で退社したことを正式に発表した。

【写真】退社を報告したKalafinaのkeio

 同ユニットを巡っては、2008年のデビューからプロデュースを手掛けた作曲家・梶浦由記氏が、スペースクラフトを退社。3月13日には、ファンサイトでメンバーの一人が、今月末で脱退することを発表した。一部では、低音担当のKeikoが脱退すると報じられていた。

 この日サイトでは「Kalafinaを応援して下さる皆様へ」のエントリーで「私、Keikoは2018年4月1日を持ちまして、長年お世話になりました株式会社スペースクラフトプロデュースとの契約が円満に終了した」と報告。「ご報告が遅くなり、ご心配をおかけしました事、心からお詫び申し上げます」とつづった。

 続けて「Kalafinaとして10年間、支えてくださった沢山の皆様、関係者の皆様がいてくださったからこそ、一歩一歩、丁寧に活動する事ができ、日本武道館に立つという夢が叶い、目標としてきた10周年を迎える事が出来ました」と思いを記し「3人で心から追求したいと思う音楽に没頭する事が出来たのは、支えて下さった皆様のお陰です」と感謝の言葉を伝えた。

 最後は「音楽の力を信じて、海を越え、たくさんの笑顔を繋いで歩んだ“音楽の旅”を、私は一生涯忘れません。一つの旅を終えたいま、皆様との歩みを心に留めながら、更に前へと進んで行けたらと思っております」と誓い「Kalafinaとして10年間、支えて下さった全ての皆様に心から感謝しています。本当にありがとうございました」と結んだ。

 なお、WakanaとHikaruについては、今後も音楽活動を続けていくとし「皆様の変わらぬ応援を引き続き宜しくお願い致します」とメッセージした。

 3月30日には、メンバー脱退騒動後、初となる公の場に3人そろって姿をみせたが、ファンの前でその件に言及することなく会場を後に。イベントの締めの言葉でKeikoは「皆さんと過ごす空気感がまるでいつものライブ。Kalafinaのライブはいつもこうだって思いながら話していました」と声を震わせ「いつも温かい時間をありがとうございました。そして楽しんで見て下さい、ありがとうございました」と、瞳を潤ませていた。

20回バイトをクビになり最終的に「化石発掘」に 光浦靖子が明かす過去

 オアシズの光浦靖子が、4月2日配信の『おぎやはぎの「ブス」テレビ』(AbemaTV)で過去にアルバイトを20回クビになったことを明かした。

「ブスがクビになった」のテーマで、光浦は「私は、ずっとクビになり続けていた。これまでにバイトは20種類くらいやっている。ウエイトレスをやりたくてやったけど、『いらっしゃいませ』が、どうしても恥ずかしくて言えなくて……」とシャイな素顔を告白。

 この話にMCのおぎやはぎ・矢作兼は「そんな人が、芸人をやっているのはすごい」とツッコんでいた。すると、光浦は「バイトは適材適所でやらなきゃだめ! 私は、めぐりめぐって最終的に『化石発掘』にたどり着いた」と明かした。

 バイトの思い出について光浦は、2015年3月1日公開のマイナビニュースで挨拶のタイミングがわからなかったことを語っている。

「ドアを開けて一歩入ったところで言うのか、もうちょっと入ったときに言ったほうが伝わるんじゃないかとか。声量もいい具合に出ないしで、そんなんで悩んでたら『辞めてくれる?』って。自分では真面目にやってたんですけど、もういちいちドキドキしちゃって、もうびっくりするようなミスばっかり起こしてましたね」

 当時の光浦は人の目も見られないような状態だったが、友人の大久保佳代子をお笑いサークルに誘う。当初は裏方志望だったが、先輩の「ブスとブスがはしゃいでるだけでおもしれえんだよ!」の言葉がきっかけで、舞台に出ることに。

『アサヒ芸能』のテリー伊藤との対談では、光浦はこう話している。

「自分はどこで働いてもクビでしたから、人前で漫才をしたら、何かを乗り越えられて就職活動ができるかなと思ったんですよ」

 バイトをクビになったことがコンビを組む一因となった光浦。結局、就職活動もせずにそのまま芸人となった。まさに人生何が起こるかわからないのだ。