「自分のせいだなとは思いました」母が語る栗原類の発達障害


栗原類の“母”による発達障害児の子育て論――子どもが本当に輝ける場所を見つけるためには

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 2012年、“ネガティブすぎるイケメンモデル”とのキャッチコピーで、一躍人気者の仲間入りをした栗原類さん。数多くのテレビ番組に出演し、そのちょっと変わった言動が注目を集めた。そんな彼が、「発達障害」であることを告白したのは、2015年のこと。その後、2016年には自伝的エッセイ『発達障害の僕が輝ける場所をみつけられた理由』(KADOKAWA)を上梓し、多くの当事者に勇気を与えた。その著書内で非常に印象に残ったのが、「母親への謝辞」だ。いまの自分がいるのは、母のおかげ――。彼がそう綴ったのには、相当の苦労を母親と乗り越えてきたからに他ならないのだろう。

 そして、このたび、類さんの母である栗原泉さんが、自身の過去や子育て体験をまとめた一冊を発表した。それが『ブレない子育て 発達障害の子、「栗原類」を伸ばした母の手記』(KADOKAWA)だ。本書には、泉さんが親との関係に悩んだ思春期、シングルマザーとして類さんを育てていた当時の奮闘、そして独自に編み出した子育ての極意などが赤裸々な語り口でまとめられている。

 そこで、泉さんへの取材を敢行。子育て当時を振り返ってもらいつつ、現代の親世代が抱える問題やアドバイスなどをストレートに語っていただいた。

■「子どもにシビアな意見を言ってあげられるのは、親の特権」

――まずは、類さんが発表された自伝本『発達障害の僕が輝ける場所をみつけられた理由』を読まれたときの率直な想いについて教えてください。

泉:執筆当時、なかなか文章でうまく表現することができないこともあって、かなり時間をかけていた様子を目にしていました。自分のダメなところや恥ずかしい部分を、人に見せる覚悟ができていなかったんだと思います。でも、類が目指す俳優という職業は、自分をさらけ出してこそ成り立つもの。だから、その下地作りだと思ってやった方がいいよ、とアドバイスしていたんです。結果的にできたものを読んでみて、類自身も自分と向き合う良い機会になったんじゃないかと思いました。

――類さんが、自身の殻を破るきっかけになった、と。

泉:そう思います。自伝を書いてみて、大人の目線を持つことができるようになったんじゃないかと。

――とはいえ、やはり自分の弱いところと向き合うのはつらい作業だと思います。それに我が子がチャレンジしようとしている姿を見て、想像以上に傷ついてしまうのではないかと心配になることはありませんでしたか?

泉:そういう感覚はなかったですね。むしろ、他の人が遠慮して言えないことを敢えて言ってあげられるのは、親しかいないと思うんです。だから、苦しむだろうなとわかっていてもシビアなことを言いましたし。そこに遠慮はなかったです。

――それが類さんの成長につながるのであれば、敢えて厳しいことも言う。

泉:そう。見なかったことにしたり、大目に見てあげたりしても、それは決して本人にとってプラスにはならないと思うんです。かといって、家族以外の他人が、適切なカタチで苦言を呈することができるかというと、みんなそこまでの責任を負うことなんてできないですよね。それができるのは、やっぱり親しかいない。もしかすると子どもが傷つくかもしれないことでも、それを言ってあげられるのは親だけだと思っているんです。

――現代では、泉さんのような考えを持つ親は少ないような気がします。

泉:私もそれは感じています。どうしても我が子を甘やかしてしまう親は多いですよね。でも、子どもを甘やかすのって、親じゃなくてもできることなんです。その子の人生に対して責任がない人は、いくらでも甘やかすことができるじゃないですか。その方が楽ですし、嫌われずに済みますもんね。

 だけど、考え方を変えてみると、親だからこそ厳しいことが言えると思うんです。それは親の特権のようなもの。親以外から言われたら人間関係を切ってしまうような苦言でも、相手が親である以上はその関係を切ることはできない。耳が痛い話でも受け入れるしかない。そういう絆を結べるのは親子ならではなので、怖がらずに厳しいことを言ってあげることが大事なんだと思います。

■「いま居る場所が世界のすべてではない、と理解すること」

――現代の親世代の中には、周囲の同調圧力に負けてしまい、本当に良い子育てがわからなくなってしまっている人たちも少なくないと思います。「これはおかしい」と思いつつも、みんながやっていることだからと受け入れてしまう。

泉:私も周囲からさまざまな意見をぶつけられることがありましたよ。それこそ、保育園にしろ小学校にしろ、親同士のマウンティング合戦が繰り広げられていますよね。『ああした方が良い』『それは間違っている』とか。でも、私の場合はそういう周囲の話を耳にしても、納得できることがひとつもなかった。だから、これは自分で考えるしかないなと、早々に自己流の子育てにたどり着いたんです。

 でも、それって難しいことだとも思うんです。子育ての本当に大変なところって、マウンティングやしがらみ、雑音とどう折り合っていくか。私が提案した子育て法を実践するのは簡単だと思いますが、それを実践していくなかで生まれる逆風に耐えていくメンタリティを維持するのは大変かもしれない、と感じています。

――そういった逆風のなかでも、泉さんが自分を信じて突き進んでいけたのは、「子どもにとって何が一番大切なのか」を常に考えていたからなのでしょうか?

泉:そうですね。それと同時に、いま居る場所が世界のすべてではない、と考えていたからかもしれません。だから、『この場所が合わないな』と思ったら、違うところへ行けばいいと思うんです。もちろん、置かれている環境から脱することは簡単ではありません。でも、私自身、『もっと暮らしやすいところがあるんじゃないか』と考えていたので、ニューヨークへの移住も決心できたんです。別に海外に行かなくたっていい。いま住んでいる地域で、ママ友たちと教育方針が異なる、居心地が悪いと感じたら、ちょっと離れた場所へ移住してみればガラリと変わるはず。東京都内を少し移動するだけでも、だいぶ変わると思うんですよね。

 そして、それは子育てに悩むお母さんたちだけではなく、子どもたちにも言えること。子どもがその感覚を忘れてしまうと、追い詰められてしまう。いまの場所がつらければ、違う場所へ行けばいい。この感覚は親も子どもも常に頭に入れておいていただきたいですね。


■「障害児を生んだことで、自分を責める必要なんてない」

――本書のなかの子育て理論に、「向き・不向き」についての考察が書かれていました。「向いていること」というのは決して「スムーズにできること」ではなく、「たとえ苦労したとしても楽しくできること」だと。子どもの将来を考えたときに、「苦労しながらでも楽しくやれること」を優先してあげるのは、とても素敵な考え方だと思います。そして、それは大人にも通ずることでもありますよね。

泉:親って、どうしても『スムーズにできること』が子どもに向いていることだと思ってしまいがちなんですよね。でも、本当はそうじゃなくて、その子が何に興味を持っているのか、何が好きなのかを見極めてあげることが大事なんじゃないかと思うんです。そのために、親が協力を惜しまないこと。学校と塾と家の往復という狭い世界で生きている子どもたちに、いろんなものを見せてあげることが大切。

 もちろん、ちゃんと勉強して、良い大学に入って、立派な企業に就職してっていう道は手堅いものだとは思います。でも、はたしてそれが本当に自分の子どもに合っている人生なのかどうか。類は残念ながらそういう道が向いていなかったので、まったく違う生き方をしていますが、とても楽しそうなんです。だから、自分の子どもはみんなと同じ生き方が無理かもしれない、と感じたら、思い切って違う生き方を探した方が幸せだと思います。

――本当はやりたいことがあったのに、周囲に合わせたり、「なんとなく向いているかも」で進路を決めてしまったりして、結果的に大人になってから悩んでしまう人も多いですよね。

泉:2000年前後に、『自分探し』という言葉がもてはやされたことがありました。ちょっとしたブームにもなっていましたが、私はすごく疑問を抱いていて。大人になって就職したのにもかかわらず、仕事を辞めて放浪したり、突然農業をはじめてみたり。そういうのって、本来は10代のうちにしておくべきことだと思うんです。それも結局、親の教育方針が不特定多数であることを優先していたから。その子が10代のうちに、本当にやりたいことを一緒になって探してあげていたら、自分探しに迷うことなんてなかったと思うんですよね。

――なるほど。では、最後にちょっと聞きづらい質問をさせてください。子どもに障害が見つかったとき、「健康に産んであげられなくて申し訳ない」と、自分自身を責めてしまう親は少なからずいると思うんです。そこでお聞きしたいのですが、類さんの発達障害が発覚したとき、泉さんはご自身を責めたりされましたか?

泉:それって、一昔前の価値観のような気がしていて。『健康な子どもとして産んであげなければいけない』と考えるのが、良い親である、と。だけど、現代医学が発達して、障害のなかには遺伝性のものもあれば、そうではないものもあることが判明していますよね。

 それに加えて、人類の多様性のなかで、障害というものは必要なものだとも言われているんです。視覚や聴覚、肢体障害、発達障害もそう。健常者であっても性格や外見が一人ひとり異なるように、個性があるのは当然のこと。そういう風に人類を大きな枠組みとして捉えると、障害がある子どもというのも人類の多様性を保つという意味で必要な存在なんです。だから、もしも子どもに障害があっても、自分を責める必要なんてないですし、悲観することだってない。

 発達障害に限っていうと、実は遺伝性が強いんです。だから、私個人の話としては、類の発達障害が判明したとき、『(発達障害のある)自分のせいだな』とは思いました。でも、自分を責めたりはしませんでした。それは、私が私のことを好きだったから。私も発達障害を抱えていて不便はありましたけど、それでも自分が好きだった。だから、決して自分を責めることなく、類と向き合えたんだと思います。

取材・文=五十嵐 大 写真=内海裕之


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